サステナブル投資は株主価値に資するのか?:批判への返答と新しい証拠
2024/06/02
文責:藤谷涼佑
企業によるサステナブル投資が株主価値を改善するのかという問いは、企業経営や投資の分野で重要なテーマである。Khan et al. (2016、以下KSY) の研究は、サステナビリティトピックのマテリアリティ(materiality)に注目し、サステナブル投資が株主価値に与える影響を示した。しかし、この研究に対するBerchicci and King (2022a、以下BK) の批判が新たな議論を巻き起こした。
この批判に対し、KSYの著者の一部(Serafeim and Yoon, 2022、以下SY)は応答を行った。SYは、SASBのマテリアリティマッピングに伴う測定誤差や、データセットの構築に伴う測定誤差によって、サステナブル投資と株主価値の関係が観察されづらくなっている可能性を指摘した。彼らは、測定誤差が軽減されたマテリアリティやESGスコアに関するデータが提供されることで、将来の研究がこの問題を乗り越えるだろうという展望を述べた。
これに対して、Berchicci and King (2022b、以下BK) はさらに再批判を行い、SYの応答がKSYの結果の問題点を十分に解決していないと主張した。BK (2022b) は、SASBのマテリアリティマッピングが株式リターンを予測する上で信頼できる優位性を提供している証拠はないと述べ、KSYの発見が統計的な見せかけであるという立場を再確認した。この一連の議論はメディアにも取り上げられ、Bloomberg等の報道により広く知られることとなった。また、日本語訳された際には国内でも話題となった(Bloomberg, 2024 「ブーム火付け役のESG研究、学者らが『欠陥』指摘 – AIなどで検証」)。
こうした背景の中で、Ahn et al. (2024) の研究が新たな視点を提供している。Ahnらは再度KSYの検証課題に立ち返り、企業のマテリアリティの高いESG活動が企業のファンダメンタルズと強く相関することを明らかにした。具体的には、規模が大きく、収益性が高く、資産成長性が低い企業ほど、マテリアリティの高いESG活動のスコアが高いことを示した。これは、KSYの発見が疑似的な相関を捉えている可能性を示唆している。サステナブル投資が株主価値を直接改善するのではなく、特定の企業特性を持つ企業が積極的なサステナブル投資を行っており、その特性が株主価値の増加につながっている可能性がある。実際に、これらの要素をコントロールしたところ、マテリアリティの高いESG活動のスコアに基づいた投資戦略からは正のアルファリターンが得られるという証拠は得られなかった。
関連キーワード:サステナブル投資、マテリアリティ、測定誤差、疑似的な相関
参考文献
Ahn, B.H., Patatoukas, P.N. and Skiadopoulos, G.S., 2024. Material ESG Alpha: A Fundamentals-Based Perspective. The Accounting Review, 1-27.
Berchicci, L., and King, A. A., 2022a. Corporate sustainability: A model uncertainty analysis of materiality. Journal of Financial Reporting, 7(2), 43-74.
Berchicci, L. and King, A.A., 2022b. Material sustainability and stock return: faith is not enough. Journal of Financial Reporting, 7(2),41-42.
Khan, M., Serafeim, G. and Yoon, A., 2016. Corporate sustainability: First evidence on materiality. The Accounting Review, 91(6), 1697-1724.
Serafeim, G., and Yoon, A. S., 2022. Understanding the business relevance of ESG issues. Journal of Financial Reporting, 7(2), 207-212.