地政学リスクは企業行動に影響を与えるのか?
2020/04/28
文責:藤谷 涼佑 & 今仁 裕輔
地政学リスクとは、国民国家、企業、非政府組織、反政府組織、政治政党を含めた多様な主体が関係する権力闘争が、平和的にあるいは民主的に解決しない権力闘争が生じている状態を指す (Flint, 2016)。地政学リスクは企業が直面する不確実性を増加させることを通じて、投資家や企業の行動に影響を与えると考えられる。たとえば、2001年の9.11同時多発テロの際には、米国国内の多くの航空機が欠航になり、航空会社の業績に大きな影響を与えた。しかし、地政学リスクにどのような経済的影響があるかは分析されてこなかった。
Caldara and Iacoviello (2019) はBaker et al. (2016) の手法に従い、新聞紙の記事をテキスト分析し、地政学リスクの指標を開発した。具体的には、第1に地政学リスクを表していると考えられる単語が含まれている記事を地政学に関する記事と定義する。第2に、この地政学に関する記事の数を各新聞の記事の合計でデフレートし、その値を標準偏差で標準化し、必要な場合には各月での平均値を求める。第3に、いくつかの調整を加えて指標を定義している。この地政学リスク指数は、International Crisis Behaviorが特定している世界的な「危機」の数や国防に関連するEPU指標と強く相関することが明らかになっている。
蓄積は未だ少ないが、この地政学リスク指数を用いた研究が存在する。Caldara and Iacoviello (2019) 自身は、地政学リスクが増加すると、EPUが増加し消費者センチメントが悪化することを明らかにしている。また、地政学リスクの増加に対して、鉱工業生産指数や失業率が悪化し、貿易や企業の設備投資が消極的になることが明らかになった。グローバルデータを用いた分析からは、地政学リスクが上昇すると、新興国から先進国に資本が移動することも発見した。Antonakakis et al. (2017) は、地政学リスクが上昇すると石油の価格が低下しボラティリティが上昇することを発見した。
地政学リスクと企業や証券市場との関係を分析する試みは始まったばかりであり、今後の研究の蓄積が待たれる。
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Antonakakis, N., Gupta, R., Kollias, C., and Papadamou, S. (2017). Geopolitical risks and the oil-stock nexus over 1899–2016. Finance Research Letters, 23, 165-173.
Baker, S. R., Bloom, N., and Davis, S. J. (2016). Measuring economic policy uncertainty. The Quarterly Journal of Economics, 131(4), 1593-1636.
Caldara, D., and Iacoviello, M. (2019). Measuring geopolitical risk. FRB International Finance Discussion Paper, (1222).
Flint, C. (2016). Introduction to geopolitics. Routledge.
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