企業の株主所有構造はクロスボーダーM&A行動に影響を与えるか?
2019/01/24
文責:顔 菊馨
企業の合併と買収(以下M&A)行動は、企業価値に大きな影響を与える。特に、クロスボーダーM&Aを実行する意思決定は企業の経営戦略上においては非常に重要である。近年、クロスボーダーM&Aは世界中に活発に行われている。それと同時に、企業の株主所有構造にも大きな変化が見られている。具体的には、機関投資家、特に外国人機関投資家のプレセンスは大きくなっている。こうした背景の下で、コーポレートガバナンスの視点からクロスボーダーのM&Aの影響要因を議論する研究は盛んに行われている。
Ferreira et al. (2010)は、被買収企業の株主所有構造に着目し、外国人機関投資家のプレセンスがクロスボーダーのM&Aの意思決定を促進するか、または抑制するかという問題意識から国レベルの分析を行っている。彼らは異なる国の株式市場においては、外国人機関投資家の保有比率が高いほど、当該市場に上場している企業はクロスボーダーM&Aのターゲットになる可能性が大きく、逆に、国内機関投資家の保有比率が高いほど、当該市場に上場している企業はクロスボーダーM&Aのターゲットになる可能性が小さいことを示している。また、この結果は株主保護などの法的制度が整備されておらず、相対的に発展していない国の市場においてはより明示的に観察される。さらに、Ferreira et al. (2010)では、買収企業と被買収企業の両方において外国人機関投資家のプレセンスが大きいほど、クロスボーダーM&Aの発生比率が大きいことが示されている。これらの結果は、クロスボーダーM&Aにおいて、外国人機関投資家は情報の非対称性の緩和及び取引コストの軽減という役割を果たしており、クロスボーダーM&Aの促進に対して、国レベルのガバナンスと外国人機関投資家のプレセンスは代替関係にあることを示唆している。
一方、Andriosopoulos and Yang (2015)は買収側企業の株主所有構造に注目し、海外機関投資家の保有比率が高い企業であるほど、より大規模なクロスボーダーM&Aを行う傾向にあることを示しており、Ferreira et al. (2010)を裏付けている。
このように、株主所有構造は企業のクロスボーダーM&A行動に重要な影響を与えているといえる。今後の課題として、機関投資家以外の株主、例えば、政府や個人投資家の保有比率がクロスボーダーM&Aに与える影響や、異なるタイプの株主の保有比率の変化がクロスボーダーM&Aに与える影響の分析が挙げられる。さらに、日本においても、2000年代半ばからクロスボーダーM&Aが急増している。日本のクロスボーダーM&Aの動向と企業所有構造の変化との関連についてもさらなる検討が必要であると考えられる。
関連キーワード:M&A、株主所有構造、コーポレートガバナンス
参考文献
Andriosopoulos, D., and Yang, S. 2015. The impact of institutional investors on mergers and acquisitions in the United Kingdom. Journal of Banking & Finance, 50, 547-561.
Ferreira, M.A., Massa, M., Matos, P., 2010. Shareholders at the gate? Institutional investors and cross-border mergers and acquisitions. Review of Financial Studies 23 (2), 601–644.
※本原稿の著作権を含む一切の権利は筆者が有します。