株式のCross-holdingとM&Aの意思決定について
2022/03/31
文責:後藤 瑞貴
M&Aのアナウンス時、買収企業の株価収益率はゼロもしくはマイナスになることが知られている。買収企業は、自身の企業価値を棄損する傾向にあるにもかかわらずなぜ買収を実施するのかは、次の仮説で説明される:(1)hubris仮説(傲慢仮説)では、経営者が自身の経営能力を過信して買収を実施し、企業価値が棄損する。(2)empire building仮説(帝国建設仮設)では、経営者が自分の名声を高めることを意図して買収を実施し、企業価値が棄損する。(3)price pressure仮説では、買収アナウンスによる買収企業の株価下落を予想して買収企業株式がアナウンス日に空売りされ、企業価値が棄損する。さらに、Matvos and Ostrovsky (2008) は、(4)cross-holding仮説が示しそれと整合的な実証結果を得ている。これは、投資家が買収企業の株式と被買収企業買収企業もしくは買収企業の競合企業の株式を両方保有すること(cross-holding)によって、買収企業の株価低下の損失が被買収企業買もしくは競合企業の株価上昇によってある程度相殺されるため、買収企業の株主が買収に反対しないという説である。
一方でHarford et al. (2011) では、cross-holding仮説に否定的な結果を示している。1984年から2006年までの買収事例を含むHarford et al (2011)のサンプルでは、買収企業においても被買収企業においても、互いに影響を与えるほどの量のcross-holdingが行われていない。そのためcross-holding仮説では買収企業の企業価値低下を説明できない。
Anton et al. (2019) では、cross-holding仮説を一部支持する結果を得ている。買収企業と被買収企業間ではcross-holding仮説を否定しているが、買収企業とその競合企業間ではcross-holding仮説を肯定している。また、買収企業と競合企業間でのcross-holdingが多い産業ほど、将来実施されるM&Aの件数が多い傾向にある。これはcross-holdingが多いと非効率な経営が行われやすく、その後産業のリストラクチャリングとしてのM&Aが多く発生しやすいためであると考えられている。
関連キーワード:投資家、傲慢仮説、empire building仮説、price pressure仮説、Cross-holding仮説
Anton, M., J. Azar, M. Gine, L. X. Lin, 2019, Beyond the Target: M&A Decisions and Rival Ownership, ASSA 2019.
Harford, Jarrad, Dirk Jenter, and Kai Li, 2011, Institutional cross-holdings and their effect on acquisition decisions, Journal of Financial Economics 99, 27–39.
Martov, G. and M. Ostrovsky, 2008, Cross-ownership, returns, and voting in mergers, Journal of Financial Economics 89, 391–403.
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