貯蓄と資産蓄積のライフサイクルパターン
2022/04/12
文責:西出陽子
米国やその他の先進国における資産の不平等の拡大に関心が高くなっている。労働所得を資産蓄積の主要な資金源とする標準的な消費と貯蓄のトレードオフによる実証分析では、現実的な資産の不平等を明らかにするには不十分と言える。伝統的なライフサイクル理論では、家計は勤労期間中に退職後の生活のために貯蓄し、退職後に取り崩すため、資産は若年期にプラスであり、退職後はマイナスになると定義されている。しかし近年の多くの実証研究は、米国において老齢期に資産が減少しないことが示されている。
資産の不平等の要因として、Gabaix et al.(2016)は高収入層との所得格差が速く進んでいることに注目し、標準モデルの所得分布の主要な決定要因が年齢であるのに対して、高度なスキルを持つ起業家などの登場やスキルの価値の変化により、所得格差のスピードが速く、かつ大きくなっていることを示している。Benhabib et al.(2019)は、資産蓄積を促進する3つの重要な要因として、①恒久的な収入の偏り、②資産レベルにおける貯蓄率と遺贈率の差異、③起業などによる資本所得を挙げている。
Feiveson and Sabelhaus(2019)は貯蓄、キャピタルゲイン、および家族間移転(相続)がライフサイクルのさまざまな時点で資産の変化を決める重要な役割を果たしていることを示しており、教育と恒久的な所得によって影響が異なることを論じている。具体的には、低学歴および低所得者は勤労期間中の貯蓄が非常に低く、ライフサイクルの任意の時点で資産蓄積が少なく、過去20年間の資産蓄積の多くは住宅価格の上昇によるものであるとしている。一方、最も恒久的な所得が高いグループは、若い年齢層において最も高い貯蓄率を示し、中所得および低所得グループを大きく上回っていることが示されている。この結果、キャピタルゲインと家族間移転(相続)が、現実的に米国の老齢期に資産が減少しない理由を説明していることを発見した。
関連キーワード:資産、消費、貯蓄、ライフサイクル、家計
Benhabib, J., Bisin, A., & Luo, M. (2019). “Wealth distribution and social mobility in the US: A quantitative approach.”, American Economic Review, 109(5), 1623-47.
Feiveson, L., & Sabelhaus, J. (2019). “Lifecycle patterns of saving and wealth accumulation.”, FEDS Working Paper No. 2019-10.
Gabaix, X., Lasry, J. M., Lions, P. L., and Moll, B. (2016).” The dynamics of inequality.” Econometrica, 84(6), pp. 2071-2111.
※本原稿の著作権を含む一切の権利は筆者が有します。