複数口座の保有による個人の年金選択の違い
2022/04/12
文責:西出陽子
退職者にとって、どれくらいの金額を年金受け取りとするか、または一時金として受け取るのかという選択は難しい問題である。この判断は、個人が保有する複数口座の各金額のみならず、保有口座全体の合計額と資金ニーズに応じて行われることが合理的と言える。Modigliani (1986)は、退職する家計にとって年金の選択が合理的にもかかわらず、実際に年金を選択する家計が少ないことを「年金パズル」として論じているが、その傾向は現在でも変化していないと言える。
Benartzi et al. (2011)は、米国の確定拠出年金の参加者がメンタルアカウンティングによって年金を長寿に対する保険ではなく、長寿に関するギャンブルと見なしている可能性を指摘している。メンタルアカウンティングは1985年にThalerが提唱した「心理会計」で、金銭に関する意思決定が資金の出処や使用目的によって変化し、合理的に判断されるのではなく、狭い枠組みの中で判断されることを指す。Choi et al.(2009)は米国の401(k)*の参加者が個人の保有するポートフォリオの個々の口座について、他の口座を考慮せずに決定を行っていることを示しており、メンタルアカウンティングの影響が示唆される。
Hurwitz and Sade(2021)はイスラエルの定年退職者について、複数口座の保有者の年金選択の決定が口座金額と正の関係があることを実証的に示し、口座金額が少ない場合は一時金として受け取る傾向があり、口座金額が多い場合には年金受け取りを選択する比率が高いことを示した。これは退職者が口座金額によって異なる認識を持つメンタルアカウンティングの影響を受けていることを示唆している。この結果により、彼らはALM戦略上、金融機関が大規模口座と小規模口座を分けて管理することを提案しており、また、退職者の口座の分散によって年金選択の判断が異なり、資金的に異なる結果をもたらす可能性を示している。
*401(k):米国の確定拠出年金制度
関連キーワード:年金パズル、メンタルアカウンティング、ALM
Benartzi, S., Previtero, A., and Thaler, R. H. (2011), “Annuitization puzzles.” Journal of Economic Perspectives, 25(4), 143-64.
Choi, J. J., Laibson, D., and Madrian, B. C. (2009), “Mental accounting in portfolio choice: Evidence from a flypaper effect.”, American Economic Review, 99(5), 2085-95.
Hurwitz, A., and Sade, O. (2021), “Is One Plus One Always Two? Insuring Longevity Risk While Having Multiple Savings Accounts.”, Insuring Longevity Risk While Having Multiple Savings Accounts (December 8, 2021).
Modigliani, F. (1986), ”Lifecycle, individual thrift, and the wealth of nations.”, Science, 234,4777.
Thaler, R. (1985), “Mental accounting and consumer choice.”, Marketing science, 4(3). 199-214.
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