Jensenの予言―株式公開会社は「終焉」したか?

Jensenの予言―株式公開会社は「終焉」したか?

2019/01/24

文責:藤谷涼佑

 株式公開 (上場) にはどれほどの利点があるだろうか。資金提供者が負わなければならないリスクが分散され、企業は広く資金調達が可能になるため、株式公開は企業の発展に有用であると議論されることが多い。しかし、Jensenは1989年のエッセイで、公開会社 (上場企業) は終焉 (eclipse) するという予言的な考察を提示している。株式公開には上述のような利点がある一方、経営者が負わなければならないリスクに起因するエージェンシー問題と呼ばれる問題が生じることが知られている。Jensenは、 (米国) 企業はこのエージェンシー問題を解決するために、株式公開を止めるあるいはそもそも株式公開しない選択肢を選ぶと予想し、これと整合的な証拠を報告した。しかし実際には、90年代中頃にかけて米国株式公開会社数は増加した。そこで、Jensenの「株式公開の終焉」という予言が現実的に妥当であるかが問題となっている。これは、エージェンシー理論が現実をどれほど説明できるかという理論的な問題でもある。

 Jensenの予言と整合的な結果が得られているとはいい難い。Doidge et al. (2017) とKahle and Stulz (2017) は、米国企業の長期データを用いて、その特徴の変化を分析している。Doidge et al. (2017) は単純な記述統計量から、株式公開をしている米国企業数は、1996年にピーク (8,025企業) になり最新の分析期間にあたる2012年にかけて半分 (4,102企業) になっていることを明らかにしている。また、国の経済状況を示すファンダメンタルズから予想される上場会社数と実際の上場会社数の差 (上場ギャップ) が、90年代後半には観察されなかったものの、最近になって大きくなっていることを報告している。しかし、この結果は、合併によって産業の集中度が増加したことが大きな要因であり、非公開化 (delisting) は比較的小さな要因であると指摘している。また、Kahle and Stulz (2017) は、配当と自己株式取得を合計したペイアウト比率が、近年にかけて増加していることを報告している。他にも、R&D投資の重要度が大きくなっているものの、公開株式がその資金調達に適さない点を指摘している。

 他には、Karolyi and Kim (2017) がアジア諸国を対象に同様の分析を行っている。米国とは異なり、アジア諸国では1990年代から2010年代にかけて、株式公開会社は8倍になっている。他方、アジア諸国の企業のファンダメンタルズ (e.g., R&D投資の重要度、ペイアウト比率) は、米国企業と大きくは変わらないことがわかっている。このことから、米国で株式公開企業が大きく減少していることは、①エージェンシー問題によって説明することが難しく、②ファンダメンタルズの変化によって説明することも難しい、と結論づけている。Jensenの予言の妥当性を判断するためには、さらなる研究の蓄積を待たなければならない。

 

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参考文献
Doidge, C., Karolyi, G. A., and Stulz, R. M. 2017. The US listing gap. Journal of Financial Economics 123(3), 464-487.
Jensen, M. C. (1989). Eclipse of the public corporation. Harvard Business Review 67(5), 61-74.
Kahle, K. M., and Stulz, R. M. 2017. Is the US public corporation in trouble? The Journal of Economic Perspectives 31 (3), 67-88.
Karolyi, G. A., & Kim, D. 2017. Is the public corporation really in eclipse? Evidence from the Asia-Pacific. Asia-Pacific Journal of Financial Studies 46(1), 7-31.

 

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