会計処理の選択の違いによって経営者の意思決定が変わるのか?
2019/01/24
文責:藤谷涼佑
企業や経営者は、自身が作成・報告する財務報告が原因となって、行動を変化させることがあるだろうか。伝統的な会計学の議論では、経営者による会計選択が自身の行動に影響を与えると想定されることはなかった。しかし近年、リアル・エフェクトという視点から、その影響を観察しようとする研究が試みられてきた。これは、ディスクロージャーに関連するルールの作成・改訂が、企業の成長ひいては国の経済成長にどのような影響を与えるかを考察する上で重要な研究テーマである。Jacksonらによる研究は、とくに減価償却の会計処理方法に注目し、その違いが経営者の行動に与える影響を検証している。
減価償却の会計処理方法の典型的な差異として、加速償却法と定額法が挙げられる。前者が後者に比べて、①早期に費用を多く計上し、②当該資産の簿価が小さくなる、という差異がある。②の差異は、任意の時点における定額法によって処理されている資産の簿価が、加速償却法による資産の簿価に比べて大きくなることを示唆している。このため、当該資産を取り替えなければならない状況では、その資産の売却による損失が大きくなる可能性が高い。経営者はこの影響を考慮して、定額法によって処理されている資産を処分する意思決定を渋ると考えられる。
また、メンタルアカウンティングと呼ばれる、会計情報の経営者心理への影響を議論する研究から、以下のことが明らかにされてきた。資産の簿価の規模は、当該資産が生み出す効用に関する経営者の予想に影響を与える。具体的には、簿価の大きい資産ほど将来生み出す利得が高いと予想する傾向にある。このため、簿価が大きい資産を取り替えるインセンティブは小さくなると予想される。定額法は加速償却に比べて簿価が大きくなる傾向にあるので、定額法を用いている経営者は当該資産を取替える意思決定を渋ると考えられる。以上の議論から、Jacksonらは、加速償却を適用している企業は、定額償却を適用している企業に比べてより規模の大きい設備投資 (取替え投資) を行うと予想した。
まずJackson (2008) は、MBAの学生を対象に実験を行い、予想と整合する証拠を報告している。またJackson et al. (2009) はアーカイバルデータを用いて、予想と整合する証拠を提示している。また、Nakano et al. (2010) はこの結果を一般化し、無条件保守主義をより適用している企業ほど、リスクテイク投資を行っていることを明らかにしている。これらの研究から、会計処理が簿価の値を経由して経営者心理に影響を与え、経営者行動を変化させることがわかった。簿価を定期的に切り下げる会計処理が行われているほど、企業が積極的に投資を行うという可能性を示唆している。
関連キーワード:財務報告、リアル・エフェクト、会計処理、減価償却、メンタルアカウンティング、無条件保守主義
参考文献
Jackson, Scott B. 2008. The Effect of firms’ depreciation method choice on managers’ capital investment decisions. TAR, 83(2), 351-376.
Jackson, Scott B., Liu, X., and Cecchini, M. 2009. Economics consequences of firms’ depreciation method choice: Evidence from capital investments. JAE 48, 54-68.
Nakano, M., Otsubo, F., and Takasu, Y. 2014. Effects of accounting conservatism on corporate investmentlLevels, risk taking, and shareholder value. IMES Discussion Paper Series, No. 2014-E.
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