リスクと曖昧性
2022/03/31
文責:鈴木雅貴
多くのファイナンス研究では、特定の確率分布(例えば正規分布)を想定して、証券の期待リターンやリスクを算出する。しかし、実際の金融市場では、そもそも確率分布が明確でないケースが圧倒的に多い。特定の確率分布の下で算出される不確実性の程度(分散やVaRなど)をリスクと呼ぶのに対して、確率分布自体の不確実性を曖昧性と呼ぶ。
有名なエルズバーグ・パラドックス(Ellsberg, 1961)で示されているように、多くの家計はリスクだけでなく、曖昧性に対しても回避的な行動をとる。具体例として、中身の見えない箱の中に赤白2個のボールが入っており、そこから赤を引いたら100円もらえるという単純なゲームを考えてみる。参加料がいくらまでなら、このゲームに参加するだろうか?箱の中身が赤白1個ずつだと事前に分かっていれば、このゲームに曖昧性は存在しないことになる。リスク回避的家計であれば、期待ペイオフ(50円)よりいくらか低い参加料を払って、ゲームに参加するだろう。
一方、事前に箱の中身の構成が分からない場合、このゲームには曖昧性が存在する。構成は赤白1個ずつかもしれないし、赤2個、あるいは白2個かもしれない。伝統的な期待効用理論に従う家計は曖昧性を気にしないので、先程と同じ金額でゲームに参加することになる。一方、Gilboa and Schmeidler(1989)のmax-min効用が想定する家計は、自分にとって最悪の分布(白2個)しか考慮しないので、このゲームに参加することはない。両効用の中間的な位置付けとして、Klibanoff et al.(2005)の滑らかな曖昧性効用の下では、家計をゲームに参加させるために参加料を先程よりさらに割り引く必要がある。
人々の曖昧性回避性向を資産価格理論に取り入れると、従来の期待効用理論では説明が難しいいくつかの資産価格パズルを解決できる可能性が出てくる。例えば、株式のペイオフに曖昧性が存在する場合、投資家は期待効用理論で想定されるよりずっと低い価格でないと株式を購入しない。これはモデル上の株式期待リターンを上昇させ、エクイティプレミアム・パズルを解決する方法に働く。近年の研究では、投資家の曖昧性回避性向を考慮した資産価格モデルが数多く提案されている。
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Ellsberg, D. (1961) “Risk, ambiguity, and the Savage axioms,” Quarterly Journal of Economics, 75(4), 643-669.
Gilboa, I., and Schmeidler, D. (1989) “Maxmin expected utility with non-unique prior,” Journal of Mathematical Economics, 18(2), 141-153.
Klibanoff, P., Marinacci, M., and Mukerji, S. (2005) “A smooth model of decision making under ambiguity,” Econometrica, 73 (6), 1849–1892.
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